3つのお題をもとに、短編小説を書いてみませんか?
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研究チームへの内定が出た日、P-114は頭のネジが吹き飛ぶくらい喜んだ。ようやく研究の場を与えられたのだ。機械の身体を持つ彼らにとって、有機生命体の研究者は花形職業である。 それだけに競争が激しく、P-114もトライアル雇用にありつけたに過ぎない。期限までに成果を残すことができなければ、雇用契約の更新は絶望的なのだ。 「やっぱりね。究極的には話し相手が欲しいのよ。愛玩動物とかホログラムAIだとか色々流行ったけど、きちんと意思疎通できる生物。そういうドラマティックなのが求められている時代なのよ」 上司であるG-1611の要求は明らかに難易度が高かった。彼女の要求に答えることができれば、その研究は歴史に名を残すだろう。P-114は物怖じすることなく前向きな姿勢を見せた。 「必ず成功して見せます!」 P-114が身の程知らずというわけではない。かねてから高度な知的生命体を生み出す研究に携わりたいと願っていた。 機械の身体を持つ彼らは長命だ。定期的にパーツを取り換え、潤滑油を差すといったメンテナンスを怠らなければ半永久的に同一性を保つ。 そんな彼らに比べると有機生命体は急激に成長し、ある時期をピークに劣化し始める不安定な存在だった。 総じて欠陥品であることは自明なのだが、有機的生命体の好事家に言わせると、“朽ち果てていくために生まれ出る存在は滑稽さを感じるほどに矛盾していて、羨望を感じるくらいに倒錯している”のだとか。 P-114も有機生命体にロマンを感じるタイプだ。生命の研究者は天職であると信じて疑わなかった。 さっそく研究を開始したP-114は手始めに、さまざまな生物の特徴を掛け合わせてみた。 アリやハチ、デバネズミといった社会性のある昆虫や動物をベースに新しい有機生命体を構想する。 まずは節足動物が生まれた。ハエに似ている。経過を観察すると、女王を中心にコロニーを形成するが、言語を操るほどの知性はない。 それは想定内だった。そこから先が問題なのだ。 学習し、成長するために社会性は不可欠だ。対立や葛藤、コミュニケーションは悩みの種となり、思考を熟成させる。 さらに遺伝子の組み換えを重ねた。より高度な知性を持つ生物を生み出そうとする。しかし、P-114の自信とは裏腹に、研究は上手く進まなかった。何度実験を繰り返しても高度な知性を有する生命体は生まれなかったのだ。 様々な動物の遺伝子を試したが、結局のところ、種の存続のための交配を繰り返す生物しか生まれない。 有機生命体とは所詮この程度のものなのか……。 トライアル雇用の期限までもう時間がない。P-114は焦りと諦観がない交ぜになったため息を、透明な液体の入ったフラスコの中にはいた。 液体は灰色に濁った。 フラスコの中に入っていたのは、精神状態を把握するための薬品だ。 前向きな感情を吹きかけると鮮やかな色になり、怒ったり落ち込んでいる時は濁った暗い色になる。 それは研究スタッフの精神衛生の健康管理で使われるだけでなく、有機生命体に投与しても効果を発揮する。 明るい色の液体は生命活動を活性させるが、暗い色は病を招くのだ。時には死んでしまうこともあるため、取り扱いには注意しなければならない。 当然、P-114は明るい色の液体を実験動物に与えるようにしていた。 しかしこの日、気落ちしたP-114は誤って灰色の液体を実験動物がいるケージの中に落としてしまった。 濁流に飲まれた生物たちは疫病に感染したように死んでしまった。 「ああ、なんということだ……」 絶望的な気持ちになるP-114だが、あるふたつの個体は生き延びた。 灰色の液体に触れても倒れないどころか、好んで泥水をすすっているように見える。突然変異でも起きたのだろうか。 「おい、大丈夫なのか?」 P-114の問いかけに、生き残りたちは笑顔で答えた。 「これは……知性の芽生えか!」 その日を境に、P-114の研究は劇的に進んだ。生き残った個体同士はつがいになり、子を作った。ネズミのようにはいかないが、ゆっくりと家族を増やしていく。 P-114は微笑ましく見守った。 道具を使うことを覚え、言語を操るようになり、集団生活をする。時にはケンカもあったが、その様子すらもP-114には愛おしく感じられた。 P-114が手ごたえを感じた頃、上司のG-1611が訪れた。 「そろそろ期限だけど研究はどうなっているの? 進捗状況と今後のロードマップを示してちょうだい」 P-114は指示通りに資料を作った。自信のあるプロジェクトだったので堂々と重役たちの前でプレゼンした。P-114の研究は極めて高い評価を受けた。 最終試験として、恣意的な要因を排除した環境での経過観察をすることになった。 つまり、P-114は何も手を出すことができない状態で、有機生命体たちの様子を見守ることになる。 仲の良い家族の様子を知るP-114は、彼らなら最終試験を突破できると確信していた。研究は認められ、新しい生命体は宇宙の歴史に名前を刻むのだ。そんな未来を想い描きながら、P-114は彼らの名前を思案した。 しかし、そんなP-114の期待とは裏腹に、最終試験が始まってしばらくすると、有機生命体たちに異変が発生した。 ある程度個体数が増えると、殺し合いを始めたのだ。 最初は一対一のケンカの延長だったが、殺意は感染症のように広がり、大規模な争いに発展した。 単なる命のやり取りにとどまらず、P-114が考えもしなかったような残虐な方法で同族を殺すこともあった。それはまるで、命を奪うことを楽しんでいるかのように。高い知性が仇となり、同族殺しの方法は凄惨を極めた。 重役はもちろん、P-114自身もその光景に恐れおののいた。あまりにも残酷な光景であり、商品化しても所有者に危害を加える恐れがある。 研究は凍結された。 そして、P-114は研究所を去った。 時折、彼は思い出す。 自ら”ヒト”と名付けた生物がうち捨てられた、地球と呼ばれる辺境の惑星のことを。
#天職 #薬品 #惑星